そんな時、人は目に見えない何かのせいにして時が過ぎるのを待つのだろう。
運に見放されたか、悪霊にでも取り憑かれているのではないか、そう思いたくなる気持ちはわからないでもない。お祓い、風水、宗教…心の拠り所を求めて彷徨う。
そんなものは気休めにしかならないと思っていても、人智を超えたものに頼らざるを得ない。神経が擦り切れるとまともな判断力が失われるのだ。
身近な人には心配をかけたくない。そういった思いが強い人ほど、悪い人間につけこまれてしまう。良くも悪くも人の心を揺さぶるものは金になるのだ。
ところで疲弊した時にでもこのような文章を書く人間は、果たしてどちら側に属するのだろうか。
夜風を浴びながらスマホで入力した文章を読み返し、ふと思うのであった。